自由研究
虫屋さんのいろいろ
自由研究「虫屋さんがわからない」の続きです。
どこで採集圧のみで昆虫が絶滅したの?
- 例えば、どこで採集圧のみで昆虫が絶滅したのでしょう?引用元
という私への問いかけが始まりでした。詳しくは「虫屋さんがわからない」、またはツイッター上でのやりとりは、一部ですがまとめて下さった方がいるので(多謝)、それをご覧下さい(こちら)。
- 採集圧とか言ってる奴はハナから生き物を舐め腐ってんだよ引用元
- 知らない人がちょっとその辺で採集圧とかいう単語を聞いただけとしか思えません。相手は人間が敵うはずのない自然なのに、真実を知らないで、とやかくいうことなんてちょっとなぁ、と思ってしまいます。引用元
- 全国的に殺戮、撲滅活動が盛んなゴキブリが絶滅しないのはなぜか。を考えればわかると思う… 引用元
- 採り尽くせるなら取り尽くしてみたいです。一頭採るのもかなわないというのに。ある意味夢だ。引用元
- 採集圧など、無い(僕の公式見解)。 引用元
その反論に呼応して、虫屋さんから次々に「採集圧への疑問」がツイッターに書き込まれました(ここまでは、前回の「虫屋さんがわからない」に載せたものです)。
ちなみに「虫屋」という言葉は、昆虫愛好家・昆虫採集愛好家という意味で使っています。
希少種の話をしているのに、大繁栄しているゴキブリの駆除を持ち出す感覚がちょっとわかりませんでしたが、まあいいでしょう。
ただ、「希少種に対する採集圧」とは微妙に論点がずれてきていたことは確かでした。
もっとも、最初から論点はずれていたのです。例えば、
- 採集圧で絶滅するのかね?水生昆虫の場合は、周りに他の生息地ない場所で本気出せば大型種は3年で根絶できるでしょうが。つまり、前提条件からして環境破壊がつきまとっているんですな。引用元
という発言は、全くその通りだと思いました。
私は、すでに環境の悪化や変化などで大きく数を減らした種類に、採集圧が追い打ちをかける事態について書いたつもりでした。環境破壊が前提なのは同じです。
絶滅を防ぐためには、採集を控えることよりも環境の保全が第一であることに異論はありません。昆虫をよく知る人たちが知見を出し合い、開発でその生息環境を失うことがないようにしていくことが、絶滅を防ぐ重要な活動になるはずです。
採集圧のみでと言い始めたのは、反論を寄せた虫屋さんたちです。自分たちで「採集圧」に限定してしまう論理展開は少し不思議でした。
「絶滅」という言葉が頻繁に出てくることも予想外でした。これも反論をしてきた虫屋さんが使い始めたものです。
「採集で絶滅した例はない」というのが代表的な言い回し。「採れるものなら採り尽くしたい」という言い方もよく目にしました。大量に採集したいという願望があるのでしょうか。
大体、「採集圧=絶滅」という話をしていたつもりはなかったのです。
私の感覚では、「絶滅」はできるだけ避けなければならないことです。だから、採集や乱獲で絶滅した例があるのなら、それはもうとんでもない。
過去に、採集乱獲絶滅例がないことはある意味当然でなければいけないと思っていたので、そういう言い方にも違和感を感じました。また、絶滅するかどうか(しなければいいのでは?)という話に感じて、それにも抵抗がありました。
このあたりは、鳥と虫との「絶滅しやすさ」の感覚の違いなんでしょう。そして、鳥にはそういう悲しい例がある。
環境破壊をたたかずに虫屋を叩くのはけしからん!的な意見もいただきました。
わたしが書いたのは主にヘビのヒバカリの話で、昆虫採集を主に論じたわけではないので、それにはちょっと困りました。
そんなわけで、話はどんどんかみ合わなくなっていきます。
でも希少種には採集圧はかけないほうがいいんじゃない?
虫屋さんが、「採集で絶滅した例はない」という言い回しを「採集圧による絶滅はあり得ない」という意味で使っているのは分かりました。
これは後で教えてもらったのですが、「ぷろてんワールド」というサイトを読むと(以下引用)
- 現在の所、マニアの乱獲による蝶の個体数の減少は確認されていません。 台湾やパプアニューギニア、アフリカ、南米など、蝶を採集して装飾品などを作り生計を立てているところでは、 かなりの数が採集されているのにも関わらず、蝶の個体数の減少は認められないといいます。 「乱獲」という言葉は、人の注意を引く言葉でもあり、良くマスコミなどで報道されるケースがあります。 しかしながら、その報道の多くが間違った情報を使い、記事を「ドラマ化」する傾向にあります。 また、実際に蝶がいなくなった場所を調べてみると、乱獲ではなく、むしろ自然破壊によるものが多く見られます。
とありました。これは最初に反論ツイートをしてきた虫屋さんの主張と重なります。
こういうのを読むと、よく昆虫のことを知らないくせに、「採集圧が個体数を減らす」という記述を入れたのは勇み足だったか…と反省しました。私は書物などから(例)そういう例があると思っていたのですが、確かに現場は知りません。
虫屋さんはきっと、「何も知らないくせに!」「トリヤが何を言うか!」とカチンと来たのでしょう。
でも、、前回の記事で書いたように、悪いのは環境破壊であっても、採集を控えて個体数の存続を助けるのは当然であるという考えは変わりませんでした。希少種に対して、本当に採集圧がないと言い切れるのかという疑問がぬぐえなかったのです。
ただでさえ数が減った動植物に追い打ちをかけるような行いはやめるべき。それは昆虫だけでなく、すべての生きものの保全について当てはまる姿勢なのではないか。
採集圧はあるよ?
そうこうしているうちに、ツイッター上では他の虫屋さんから、採集圧問題について返信をいただいたり、またそういう方の発言を読む機会が増えたりしてきました。一部を引用します。
- 希少種における採集圧が全くないと思っている人は皆無と思います。1匹採れば1匹は減るわけなので。その「1匹」がどういう分母の元で行なわれるかですよね。一箇所で・みんなで・沢山採る、のは勘弁して欲しいですね。希少な生き物ほどそうなっちゃうのがジレンマです。引用元
- 個人的感想ですが、虫屋目線でも採集圧はあると思いますよ。たとえば、野外活動していない時期に(羽化直後や越冬中)に根こそぎ採集してしまうと、必ず次の世代の個体数には影響すると思います。もっとも、絶滅まで行くには様々な悪条件が重なってとは思うんですが。。引用元
- 希少昆虫の地域個体群保全をしたり、保全に関わったりということを微力ながらしてきました。昆虫採集を悪とするのは、在野の研究者が多い日本では問題と思いますが、採集圧は必ずあります。一部のゲンゴロウ、クワガタ、チョウは、強い採集圧がかかっている場所があります。 引用元
- 現在の日本にあって昆虫の生息環境の減少と悪化が大前提にあるのだから、種によっては採集圧が個体群の減少に拍車をかける可能性のあるのことは自明。採集圧「のみ」云々の議論自体にあまり意味がない。引用元
- おそらく虫屋側も「環境激変の上での採集圧がトドメをさす危険性がある」というのは解っていて(単純にそれが最後の一個体です。と言われたら採らないと思う)、マニアを叩く側も、勿論「環境破壊が1番の原因」というのは解っているハズ 引用元
- 以前採集者に同じ問いかけをしたことがあります、そんなの捕っても意味ないでしょうと、この数年間同じ場所での定点観測していますが確実に採集圧は認められます、貴重種以外は目に入らないようです 引用元
- シャープゲンゴロウモドキやマルコガタノゲンゴロウは環境の悪化に採集圧がとどめを刺しそうになった良い例ですね。指定は避けられなかったと思います。もちろん、今後の動きによって指定の意義が評価されますが。 引用元
同じ虫に関わる方でも、こうも見方が違うのかと、驚きました。これらの意見を寄せた虫屋さんの中には、昆虫採集愛好家以外にも、研究者の方や保全活動に携わっている方がいました。現場を知る方々です。
本当は採集圧があることは分かっていても、それを言ってしまうと自分たちの首を絞めることになるので、採集圧などない!と言うのかな?と邪推してしまいそうになりました。
繰り返しますが、ツイッター上での議論は、「採集圧などない!」と主張する虫屋さんの反論から始まりました。でも、それは虫屋さんの中で、普遍的な考え方ではないようです。
なので、希少種を守るためには、やはり「採集圧はあるかもしれない」くらいの慎重な姿勢をとることがよりよい選択だろうと、改めて思いました。
一番大事なのは種の保全です。
できることはする。
採集圧の影響が大きいと考えられる種や地域個体群は採集をしない。
結果的に種の保全ができればいい。
採集はしても個体数は減らないだろうという楽観的推測や、採集はしたけど絶滅はしなかったというような結果論をもとに考えるのは、希少種の場合は少し乱暴すぎるのではと思いました。
虫屋もいろいろ鳥屋もいろいろ
- 結局今回の話の発端を良く知らないので何ともいえないのですが、大体の虫屋は保護されているようなところに侵入してまで採集をしたいとは考えていないと思います。興味の対象をそんなことで失うのは何とももったいないです。 引用
この方の発言をよんで、私に反論してきた方は、希少種でも採りたいと考えている人たちだったのかなと思いました。もちろん、その気持ちは分かります。鳥だって、珍しい鳥がくれば見に行きたいのは当然の気持ち。
だから、虫屋さんにもいろいろいるということだと思いました。保全のことを第一に考えている虫屋さんもいれば、そうでない方もいる。今回一番勉強になったのは、虫屋さんとひとくくりにして論じても意味がないということです。
ツイートを見ると、もう昆虫愛好家とは言えない、業者やいわゆるマニアもいるらしいです。
- 採集圧どうたらは結局採集者のモラルの問題だよな。採集者はみんな乱獲してるわけじゃないのに一部の奴らのせいで採集者みんな敵視されるのが許せないんだよ。特にそれが販売目的の業者だったりするから性質が悪い。引用元
- その辺は汚名返上する必要がありますし、「事実」を伝える必要がありますね。この点は昆虫に限らないことでもあります。いっぽうでマナーの悪い人はあまりに多く、「マニアによる乱獲」が実在するのも事実であり、そこにしっかりと向き合う必要もあると思います。引用元
- 一度標本の現物を見せてもらったことがあります。貴重種のちょっとした斑紋の違いを50匹ぐらい並べてある箱で説明してくれました、こんな方ばかりだとは思いたくありませんが。採集禁止の蝶の箱も、とにかく数の多さに驚きました。 引用元
でも、現場で会っても、私には見分けはつかないでしょう。
同じような問題は鳥の世界にももちろんあります。鳥屋にもいろいろいる。ちなみにここでの「鳥屋」とは、野鳥観察愛好者(バーダー、バードウォッチャー、探鳥者)、野鳥カメラマンという意味で使っています。
大勢でアカショウビンの巣の前にずっと陣取ったって、アカショウビンが絶滅することはないでしょう。でも、それはアカショウビンの繁殖に悪い影響を与える。来年もここでアカショウビンを見たければ、それはやめるべきだと私は思っています。でも、そうは考えず、長時間巣の前に居座ったても平気な人もいる。
そして、端から見れば同じ鳥屋であります。
本当に鳥屋にも虫屋にもいろいろいるということなのですね。
2011年10月おわり記
