過去の野外手帳 -2005年3月
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◆四十にして惑わずスキー
今日は金曜日。3月も末というのに里で雪です。
真っ白な窓の外の景色を見て、遅刻-!と飛び起きましたが、道は思ったほど渋滞しなくて、なんとか間に合いました。

一日中舞う雪を見て、またスキーに行けるではないかいとニヤニヤしていました。そのせいか仕事は一向にはかどらず、帰りが遅くなりました。
この頃少し不適応気味です。仕事が嫌なわけではありませんが、気持ちがふわふわしています。

先週末もスキーをはいて雪の山にいました。南中央北アルプス、八ツに富士山。浅間はもくもくと煙を吐いていました。
スノーシューのご夫婦と一緒になりました。サイコーですね!と挨拶します。他に言うべき言葉がありません。

この前来た時より、樹氷は表情を和らげていました。風が強く寒かったですが、猛烈に寒くはなく、雪面からの反射はかなり強烈に春を主張していました。

バックルを締めて斜面を滑り始めます。
雪の野に身を置くことの幸せを感じ、世間の雑事を忘れ、無心に下手くそラインを雪面に刻んでいきます。

スキーに目覚めたのは35歳から。それまではカッコつけて滑ろうと思っていたせいか、上手くない自分に腹を立てていました。
今は違う楽しみを見つけて雪山に行くことができます。40歳過ぎて、ようやくちょっと大人になった気分です。
2005年3月おわり記


◆タイムスリップ
「ひとりごと」にも書いたのですが、空中写真を国土情報ウェブマッピングシステムで見つけて、とても懐かしい思いで眺めています。

左の写真は、「国土画像情報(カラー空中写真) 国土交通省」からダウンロードして使わせてもらっていますが、今から約30年前の自宅上空。1976年度の撮影だそうです。こうしてみると見事な田んぼだったのですね。
小学生の頃遊んだ柔らかいあぜ道、今は暗渠となってしまった川、川沿いの木立、広がる稲穂が頭の中によみがえります。

ここに写っている田んぼや畑は、ほとんど住宅地となりました。4車線の大通りが走り、道沿いには大きな店が建ち並んでいます。
残るわずかな農地も区画整理ということで重機が入り、リンゴ畑も更地になりました。
2005年3月おわり記


◆今年もこのシメ
3月にはいると、駐車場から仕事場へ歩くほんのわずかな道すがら、シメを見かけるようになります。

昨年の野外手帳でも、4月に「我が心の友よ」と題してこのことを書いたのですが、今年はまだこのシメに会えていませんでした。
でも、昨日ようやく再会しました。これからしばらく、毎朝、彼との短い会話を楽しみにニヤニヤ歩くことにします(端から見るとちょっと気持ち悪い)。
2005年3月なかごろ記


◆小さなデジカメでは写しきれない
この冬も何度かマイナス20度以下を記録した菅平は、人が普通に住む場所としては、本州で最も寒いところの一つだと思います。

高度を上げていくと、雪と風の造形が迫力を増してきます。
3月にもかかわらず途中でデジカメがダウンするほどの寒さでしたが、圧倒的な風景に体よりも心が震えました。

家に帰ってからも、私を迎えてくれた美しき大斜面を遠望しては、ため息をついています(端から見るとちょっと気持ち悪い)。
2005年3月なかごろ記


◆氷点下8度の春
相変わらずのゲレンデスキーです。午後は吹雪かれました。
でも、春の太陽は吹雪の向こうにぼんやり見えていました。真冬の太陽より、どことなく力強く感じました。

そして、なんといってもうれしかったのは、コガラの柔らかいさえずりを聞いたことです。昼を過ぎても寒い寒いゲレンデでしたが、春到来を感じる音の風景でした。

鳥ヤなので、鳥たちの動きから季節を感じることは、とてもうれしいのです。
2005年2月おわり記


◆オジサンの反省
定時に帰れたので、一度帰宅したあとナイターへ行ってきました。
ボードの若い人が多かったですが、そこに混じってオジサンも7時から9時まで滑ってきました。

実は新調した板を昨日受け取って、どうしても今日乗りたくなってしまったのです。前の板よりはマイルドで、カービング!カービング!という感じではないのがオジサン向き。

気持ちよく滑ってしまいましたが、ナイタースキーはわずかな人のためにリフトを動かしゲレンデを照明しと、電気を浪費する遊びです。自然・環境を守りたいと思いつつ行動が伴っていないことを反省し、今日はいつもより早くPCの電源を落として、寝ることにします。
2005年2月おわり記


◆今日はこれでおしまい
一人でスキーもそんなに悪いものじゃないのですが、やっぱり家族で行くのは楽しいです。写真は、駐車場に向かっての最後のひと滑り。
連休はスキー2回、スノーシュー1回(↓)、よく遊びました。
2005年2月なかごろ記


◆自由の危うさ
午後から近くの小さな山へ。積雪は5,60cm。出発して間もなく、山スキーを履いたおじさんが林道を滑り降りてきました。お互いニコニコしてすれ違います。
バックカントリーなんて言えない小さな裏山ですが、気分だけでも味わいたいという同じ種類の人間でしょう。でもまさか山スキーヤーがいるとは思いませんでした。

おじさん(私じゃない方)のトレースは奥へと伸びていましたが、私は鞍部から東の小さなピークに登ります。カラの混群を楽しみながらゆっくり歩きました。頂上で10分ほど休んで下山です。ルートは登りとは別にして、大きく回りこんで車に戻る予定でした。

スノーシューの機動力を生かし一気に下ります。ヤブの薄い部分を選んでどんどん行きます。夏道にとらわれることなく、どこでも歩けるのは爽快です(左写真)。
しかし、気持ちよく下りすぎて、小さな丸い尾根をうまく回り込めずに反対側へ降りてしまったことに、途中で気づきました。林道が現れないのでおかしいと思っていたのですが、よく確かめることなく下ってしまったのです。

いつも間近に眺めている山なので、どちら側にずれたのかすぐわかり、尾根を乗り越えて元の場所に戻りましたが、スノーシューの自由さに少し酔ってしまったことを反省した1時間半でした。
2005年2月なかごろ記


◆スキーのあともスキーです
家から30分、30分、40分、50分と、近場のスキー場は4つほどあるのですが、今日は所用時間40分のスキー場へ(孤独なオトーサンです)。
雪は最高でしたが、ゲレンデ上部はスピードが落ちるほどの風で顔が痛く、運動不足が故に脚もはってきたので、3時前に引き上げることにしました(やっぱりオジサンです)。

そのまま帰るのもちょっと癪だったので、アルペンをクロカンスキーに履き替えて、冬の森でクールダウンを図りましたが、アルペンよりクロカンの方が運動量は多く、結局汗をたっぷりかいてしまいました(筋肉痛はたぶん明後日です)。

明日は家族とスキーの予定です(アルペンの方です)。
2005年2月はじめ記


◆大鷲とラーメンのお話
昔々、信濃の国は諏訪湖のほとり、遠く氷の上にぽつねんとたたずむオオワシを、善光寺近くの町からわざわざ見に行った一人の男がいたって。

その男はワシ見で冷えた体を温めようと、遅い昼食をラーメン屋でとったそうな。熱い一杯を食べ終えて、満足満腹と車に乗りこもうとしたら、突然大きな影が空をよぎったって。

男はぶったまげて車の扉を急ぎ開け、双眼鏡をひっつかんで目ん玉に当ててみれば、さっきは氷の上にいたオオワシが、悠然と飛ぶ姿が飛び込んできたそうな。
男が言うには「ワシはワシをぼうせんとながめておった-」とのことじゃ。

しばらくして気がつけば、大きな大きなワシだけど、だんだん高く昇ってしまって、その姿は小さく小さくなってしまったと。男ははあわてて双眼鏡をデジカメに持ち替えて、最大ズームで証拠写真を撮ってみたけれど、このくらいにしか写らなかったって。

それでも男、ラーメン屋に寄ってみてよかったと心から思ったそうな。
寄り道してみると、思いがけず運に恵まれることもあるってことじゃの。ほっほっほ。
ワシの話はこれでおしまい。(長野県諏訪地方の民話より)
2005年2月はじめ記


◆冴えない午後に一筋の光
家族がそれぞれ出かけたり、帰ってきたりの休日。用無しの私は家庭待機を余儀なくされて、ベランダの窓から青い空を恨めしく眺めていました。
本当はスキーか、nagayaさんが激写してきた「空の王者」を見にいくかしたかったのですが、まあ仕方ないです。

午後は遊びにやってきた息子の友達が、私の書斎コーナーを見て一言、「散らかっている-」。小2に断罪されて(事実だから否定もできず、)、「いいじゃん!」などと開き直ったりして、やや情けなかったです。

でも、家にいてもいいことはあるものです。庭にエナガの群れがやってきたのです。家にエナガがやってきたのは、知る限り初めてのことです。
2005年2月はじめ記

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