過去の野外手帳 〜2004年9月
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◆ツマグロヒョウモン
9月も終わりですけど、この夏マイブームのチョウのまとめ。
今夏の野外手帳では、ミヤマモンキチョウ、アサマシジミ、ベニヒカゲを話題にしましたが、他にもたくさんのチョウを見ました。
同定はあまり出来ないので、とりあえず撮れた写真をずらずら並べてみただけ→(1枚が混じっています…)。
色の美しさ、渡りの習性など、鳥との共通点もあって面白いです。

いろいろなサイトで、知識知恵をいただいて楽しんできましたが、ツマグロヒョウモン(写真はオス)との出会いは、特に心に残りました。

真夏の2000m。その時は珍しいと思っただけでしたが、勢力を北に伸ばしている南方系の種だと知りました。
地球温暖化との関連が指摘されているのだそうです。

子どもの頃に比べて、雪が少なくなったなどと思うことはありました。でも、目に見える温暖化に出会ったのは初めてでした。

少し前までは、長野では珍しかった南方系の種が、山の上でさえ観察できる…。
秋になって登った山でも、2頭のツマグロヒョウモンがヒラヒラと飛んでいました。

左列上から2番目はイカリモンガ(碇紋)。昨年はだまされました。
2004年9月おわり記


◆少年の休日
家の前から伸びるあぜ道で写真を撮っていると、向こうに網を持った息子とお友達が見えました。この日はチョウを狙っているようです。

虫やカエルが大好き。網と虫かごが似合います。毎日帰って来るなり外に飛び出しているようです。
母が、「町中に引っ越したらおかしくなってしまうかもね」と孫を評していました。

区画整理前の、今年限りの風景です。
2004年9月おわり記


◆朝散歩
「やっぱり異状ありますねぇ」とお医者さんの一言。抗生物質を飲んで様子見の1週間です。
仕方ないので、体休めの連休になりました。

体力回復には睡眠が一番。朝苦手な私ですが、早く寝てしまうと必然的に早起きになります。
まだ家族はみんな寝ています。ネットを一通りのぞいた後、あまりに暇なので、来年には消えてしまうあぜ道を散歩。

空気はひんやり、素敵な秋の朝。
2004年9月なかごろ記


◆殺しの天使
薄暗い森でもよく目立つ姿。一本に大人の致死量をこえる猛毒を持っているそうです。

ドクツルタケの英名を翼さんに教えてもらって以来、その妖しい美しさにちょっと心ひかれるようになりました。

この日、殺しの天使は結構たくさん生えていて、柄のささくれ模様も美しく森にアクセントを与えていました。歩きながら、何故このような猛毒を獲得したのかなんて考えるのも楽しいです。

一応収穫は、シロヌメリイグチと思われるもの1本。でも見るのは初めてだったし、図鑑と少し異なる点もあったので、食べるのは止めておきました。
2004年9月なかごろ記


◆自己満足だったかもね
日曜日、上の息子は練習試合。下の息子は「ハイキングに行きたい!」とのご要望。

自分も山に行きたかったので、これ幸いと練習試合はカミ様にお願いして、彼といっしょに歩くことにしました。

体力的に少しきつめ山を選んでしまいましたが、虫とドングリと頂上でのカップラーメンを励みに、最後まで歩き通せました。

タカの渡りを息子にも見せることが出来たのは、オヤジとして嬉しいことでした。
輪をかいてだんだんと高度を上げたタカが、決心したように進路を南にとり、高い高い空をすーっと滑っていく。見えなくなるまで飛んでいく。そんな(私にとって)感動的な光景、7歳にはどう見えたか。

見せることが出来た…なんて自己満足だったかもしれませんけど、彼の中に何かの形として残ることを信じています。
2004年9月なかごろ記


◆タカ見の哀しい山歩
少し風邪っぽかったのですが、家にいることが出来ず車を林道に走らせました。
明治時代の寒村に起こった悲劇が伝わる里山。前からちょっと気になっていたのです。その哀しい話を踏みしめながら歩きました。

タカの渡りの季節ですので、滑る足下に気を配りつつ、上空にも注意を払わなければなりません。
努力は報われるもので、見上げた梢の向こう、いきなり至近距離をハチクマが横切りました。表情までくっきり見えました。写真には撮れませんでしたが、サシバも飛んでいました。日本を去っていくタカたちです。

哀話にタカの渡り、いろいろな思いが頭をよぎり、心がドクンと動いた一日でした。
2004年9月なかごろ記


◆flow
秋を迎えた高層湿原で、ニッコウキスゲらしい葉の裏に、アブラムシだと思うんですけど、ムシムシがびっしり固まっていました。

一見死んでいるようでしたが、デジカメの液晶を通して見ると、微かに動いているのがわかりました。
冷たい風を避けているように思えました。

彼ら(アブラムシだと思うんですけど)は冬を前に死んでいくのでしょう。けれども、個の命は失われても種の命はしっかりつながっていくのですよね。

自分個人のことしか考えられなくて、世界の中心で勝手なことばかり叫んでいるジコチュー(わたし)には、理解し得ない大きな流れの中で、彼ら(アブラムシだと思うんですけど)は生きていくのだなあと思いました。
2004年9月はじめ記
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